養護施設での生活から会社の社長と結婚した私の物語

養護施設での生活から会社の社長と結婚した私の物語

養護施設での生活から会社の社長と結婚した私の物語

私は幼い時に、父親が私を育てられなくなり(母は物心ついた頃からいませんでした。後から聞いた事によると私を産んですぐに出て行ったそうです。祖父母からはとても可愛がってもらいましたが、祖父母は高齢だったために、小学校三年生の時に育児が出来なくなってしまいました。

 

私は子供ながらに自分はこの先どうなってしまうのかと?不安になった記憶が凄くあります。

 

そんな中、祖父の一番下の弟夫婦が私を引き取ってくれる事になりました。

 

祖父の弟夫婦もかなりの高齢でしたが、一生懸命私に愛情を注いでくれました。私は気を使いながらも平凡で幸せな日々を高校二年生まで続ける事が出来ましたが、高校二年の秋に育ててくれていた祖父の弟が他界して、金銭的なこともあり、私は高校を卒業するまでの間の一年ちょっとの期間を養護施設で生活する事になりました。

 

正直その時は凄く落ち込みました。それでなくても周りから偏見の目を持たれていたのに、自立まであと少しのところにきて、養護施設に入る事になって、周りは一気に私を可愛そうな同情の目で見るようになった事が凄く嫌でした。もともと大学は二部にある夜間へ通って、昼間は働きながらと考えていたのですが、高校を卒業したら、最初は生活支援を受けながらですが、一年後には完全に自立しなければいけないので、夜間大学とは言えどもアパートの家賃を払い払いながら学費を払っていく事は出来るのだろうか?と、まだ仕事も決まっていなかったので、一気に不安感も沸いてきました。

 

そんな不安を抱えていても、時はすぐに過ぎて行きました。

 

高校もなんとか卒業をして、夜間大学へ行く事も決まって(奨学金制度を使って)昼間は派遣社員として働きました。自立して夜間大学へ行く事は思っていたよりも急がしてくて、途中挫折しそうな事がありましたが、何とか卒業する事が出来ました。

 

そんな中、同じ夜間学科に通っていた8つ年上のある男性と知り合いって、卒業間近になってお付き合いをする事になりました。彼はあるお菓子のおまけと言われる物をデザイン、企画、製作をしている会社の社長さんでした(社員数十名程度の小さな会社ですが)高校を出てすぐに働き出して数年後に自分の会社を立ち上げたというとてもハングリーで情熱家の男性です。野心家ですが、とても誠実な男性です。母子家庭で育ったので、高校のときからアルバイトで自分の学費や食費を稼いでたという苦労人でもあります。

 

しかし、今や年商1億以上とも言われる会社の社長として働き、まだ専門分野の勉強をしたいという大変な勉強家でもあります。そんな彼とは価値観もとても合って、すぐに意気投合しました。2年後の彼と結婚した私は子供にも恵まれて、とても幸せです。今は夫と共に海外進出の計画も立てています。諦めずにやれば必ず事は成ると身をもって証明できたと思っています。大逆転勝利した気分で一杯です。

 


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